ディスカス争点討論日本の産業どう立て直す

讀賣新聞 1999年4/10(土)


企業は自信を/まず処方せん作り/民主導、行政は支援

*西室 泰三 氏(東芝社長)
*石井 威望 氏(東大名誉教授)
*宮内 淑子 氏(経営コンサルタント)
*司会:太田 宏 氏(読売新聞経済部長)

―景気にようやく底打 ち感が出始めたが、失業率 が史上最悪を記録するなど状況は依然として厳しい。 経済の現状をどう見るか。

西室氏:日本経済が開かれた体制に変わる過程にバブル崩壊が重なってしまっ た。日本企業が新しい経営 の形を模索する時期に入 り、これまでとは違った事態にどう対処すべきか分からずに困っている。その自信のなさが、消費者の先行 き不安にもつながっている。

石井氏:
八〇年代後半から、製造業の基本である技術が構造変化を起こした。 アメリカ企業は迅速に対応 したが、日本企業は後追い になってしまった。新しい技術はスピードが速く、悠長に構えていると先頭集団 から脱落する。

宮内氏:この状況でも、元気な企業は本当に元気だ。そこに共通するのは大企業が絶対に成功しないと信じ込んでいる分野に挑戦していることだ。時代の流れに敏感で時代の最先端を走っている。インターネットに代表される高度情報社会は、重厚長大型の産業構造や社会システム とは全異なる社会だ。新しい 産業構造の中で、 日本企業は再生しなければならない。

―小渕首相直属の産業競争力会議は、今後の経済政策の重心を、需要対策から供給対策に移すものだ。金融機関の再生は公的資金 注入で山を越え、次は産業界の再生だ、というわけだろう。どう評価するか。

西室氏:こういう会議を作ること自体はいいことだ し、検討される、リーディ ング産業の育成などの九項目も重要だ。ただ、企業は 自分で判断し、実行するのが基本で、無責任で主体性のない経営を許すような方 向付けはいけない。本来は 退場しなければならないような企業まで残ってしまう と、日本の経済は、国際的 に強くなりえない。政府の助けがなければ独り歩きで きない経済になる可能性が ある。ただ、先端技術の開発などは、何らかの形で政 府が支援することは必要だろう。

―市場に任せるところと、政府が取り組むべきところと、その兼ね合いが非常に難しいと思うが。

宮内氏:
民が主導、行政 はこれをサポートするような形が望ましい。国は、これから育っていく企業の環境整備などに徹すべきだ。

―日本企業の競争力強化のもう一つの大きなポイ ントは、技術や研究開発だ。

石井氏:携帯電話は中高 生の七割が持っている。電子通信機器を身につける感覚で持ち歩く「ウエアラブ ル」時代の直前まで日本も 来ている。つまり、ハイレベルの超精密加工技術など が不可欠となっており、そのうえにソフトウェアとかファッションとかの発展が加わればいい。

西室氏:バイオテクノロ ジーや廃棄物関連技術が挙げられる。原子力利用の推進については、国民の理解を得るように努力していかなければ らない。自動車、家庭用の燃料電池開発も重要だ。

―アメリカ経済は十年かけて再生した。アメリカ の偉さは、発想がダイナミ ックで、かつ、まじめに反省するという点ではない か。

石井氏:アメリカは1980年代、製造業を中心に日本にやっつけられた原因を徹底調査した。綿密なデータに基づく、膨大なリポートを作った。マサチューセッツ工科大(MIT)の関係者が東大を見にきたこともあり、私が案内した。その人はドイツにも調査に行っ たという。九〇年代にアメ リカが復活したのは運が上向いたからではなく、負け戦の分析を徹底してやったからだ。だからちゃんとした処方せんが出てくる。

解消できるか3つの過剰
―政府は産業競争力会議をテコに、日本企業の再 生に乗り出した。雇用、設備、債務という「三つの過剰」を解消できるかが焦点 だが、有効な手立てはある のか。

石井氏:産業界は、人員削減をどう進めるかばかりに焦点を当てるべきではな い。新しい産業をどう生み出していくかがポイント だ。その新産業の育成には、作り出された製品を使う消 費者側の対応が重要にな る。
例えば、次代を担う情報 通信技術で晃ると、ハード ウェアの開発より、国民が 製品をどれだけ使いこなせ るかがカギとなる。農業社 会から工業社会へ変革を遂 げた明治維新で、明治政府 は人材育成のための義務教育 を徹底して行った。現代 のインターネットの普及でも、これと同じような教育現場 の対応が重要だ。情報 技術の活用能力が問われている。

西室氏:アメリカ経済の好調さの背景として、情報通信技術をテコに、様々な分野がスピーディーに連携 して、成長していることが挙げられる。パソコンで言うと、CPU(中央演声処理装置)の性能が上がり、 メモリーの容量が増える と、パソコンの機能が向上する。それに合わせてソフ トも改良する。一般の消費 者もそれを使いこなす。そうして世界が広がり、好循環が起きている。
しかし、日本はこの循環がどこかで分断されているので、経済発展の広がりがない。コンピューターや情報を活用する能力のレベル にも日米の差がある。東芝の新入社員には毎年、英語とコンピューターの活用能力という、これからの時代 に欠かせない二つの中核技能を身につけて欲しいと言 っている。

石井氏:アメリカでは77年以降、「ネット・ジェ ネレーション」と呼ばれる世代が生まれており、全人口の30%を占めている。一方、日本をみても、慶応大学の湘南キャンパスではコ ンピューターを活用する教育を本格的に始めているが、今では同キャンパスの学生の約6剖が電子メールのアドレスを持っている。

宮内氏:グローバルな視点では、競争と同時に「ともに創る」という「共創」 の意識が重要だ。共創してこそ、日本企業が世界的な企業になりうる。技術などで競い合う競争の底辺邸分 で、環境問題などを考える共存のネットワークを構築することだ。

石井氏:最近はインター ネットで就職先を探す「ネット就職」も多いが、学生たちが就職に関して得た情報 をインターネット上で公 関する動きもある。私たちの世代では考えられない行動だ。競争であるはずの就職でも、情報を皆が共有して共存を目指す動きが出て きている。

宮内氏:若者たちは、コ ンピューターゲームの解き方をインターネット上でやりとりしたり、情報の共有を通じて、助け合うコミュ ニティーを作っている。

西室氏:企業経営者として言わせてもらえば、今までは自分のところで何でも できる企業が評価の高い会 社だった。総合電機メーカ ーなら電気がまでも何でも 扱ってきた。しかし、これからはその発想を変え、得意な分野に経営資源を集中し、足りないものがあれば他から堂々と助けても らうのが、正しい経営戦略になる。

潜在的な成長力
―少子高齢化の進行 などで日本経済の潜在的 な成長力の低下が指摘されている。

石井氏:言えることは、かつてのように、すべての産業が右肩上がりで同時に成長していくような時代ではなくなったということだ。好調に伸びているところとそうでないところがはっきり分かれている。規制 で保護されてきた業種などの競争力は落ちている。一 方で、「情報」「バイオ」 など市場の拡大が見込まれる分野では、大きな成長が期待されている。例えば、今では国民の三人に一人が携帯電話を持つようになるなど、持ち運びが可能な, 「モパイル」機器は急速に普及 している。

西室氏:日本経済に対する悲観主義が行き過ぎてい る。最低でも2%以上の潜在成長力はあると思う。スイスの国際ビジネススクールが発表している国別の国際競争力ランキングなどを見ると、日本に対しては、企業のマネジメントの面で評価が低い。中でも、アン トレプレナーシップ(起業 家精神)では最低の評価を 受けている。確かに弱い郡部分だとは思うが、それほど日本人の起業家精神が低いとは思わない。

石井氏:日本には創造力が非常に優れている分野もある。アニメーションやゲ ームなどだ。こうした部分 は、日本を評価する際に抜け落ちていることが多 い。

―日本経済の改革や再 生を進めるためには、既存企業の組織再編、研究開発体制の整備など様々な課題 がある。この点をどう考え るか。

西室氏:当社が考えたのは、これまでとは違う競争条件の中で生き残るには、現在の企業形態でいいのか どうかという点だ。その結果、まず、企業体質を俊敏なものにする必要があると判断し、執行役員制度や、社内分社化などの導入に踏み切った。さらに、撤退 た方が得策であると思える分野は、別の企業に任せるなど、事業の入れ替えも行った。
産業競争力会議の見本に なったアメリカの「ヤング ・リポート」では、顧客満足に重点が置かれている。 米企業は顧客が何を求めているかを研究し、それを三、四か月の短期間で次々に実行した。一方、日本は徐々 に生産性を向上させ、時間 をかけて競争力を高めてきた。われわれは、こうした日本的な手法とアメリカの手法を融合させた「東芝流」を生み出そうと努力している。それが出来上がれば企業文化・風土の改革も可能で、国際競争にも耐えられる。これを適用すれば、社内の遅い部門にスピードを合わせる護送船団方式ではなく、全部門が社内の先頭集団に速度を合わせることになる。

石井氏:そうなると中高年の社員は大変だ。若い学生の意識は会社に依存する 「就社」でなくなってきており、社内の護送船団を当てにしていない。企業にとっては、そういう人材が必要だ。「就社」の意識の強 い社員ばかりでは、社内の人員配置にも因るはずだ。

宮内氏:大企業を見ていると、トップは最先端の発想で意識改革をしようと している。若い人も柔軟な発想だ。しかし、中間管理職は過去の成功体験からなかなか逃れられず、殻を破れない。

西室氏:私は中間管理職は、会社から見れば知識の集積であり、大きな資産だと考えている。今後はこの層をどうやって新たな方向 に向かわせるかが重要になってくる。

深刻化する雇用問題
―企業のリストラの本 格化に伴って、雇用問題が深刻化している。労働市場の流動化などの対策も指摘されているが決め手に欠ける。雇用問題をどう見るか。

石井氏:八五年前後に政府の臨時教育審議会の生涯学習関係の部会長を務めた際、失業問題を議論したことがある。再就職のための新しい能力開発をどう進めるかがテーマとなったが、技術系の人への対応が特に難しいことが分かった。自分が習得した技術が陳腐化 してゆくためだ。社会や大学がそれらの人を支援する仕組みが必要だと思う。大学 は新卒者を社会に送り出せばよかったが、これからは卒業した人にも高度な技術を再教育する機能を充実する必要がある。

西室氏:雇用を創出する努力とともに、需要に合った能力を持つ人を育てることが重要だ。再教育は大学でも実施してもらう。 そのためには、失業給付期間の延長なども必要になる。企 業側でも今、職場、職種転換用 の再教育に取り組んでいる。それをしないと将来、夢も希望もない雇用形態になってしまう。

― ベンチャー企業の育成は重要だが、日本では最近、誕生する企業より廃業する企業の方が多いという状況だ。ベンチャー実態 はどうか。

宮内氏:業績が良く、業界の話題になるような会社でも銀行の貸し渋りにあっている。そうした中で、最近面白いと感じるのは、ベ ンチャー起業家の中には、会社が大きくなることを目的とするのでなく、自分たちが何をしたいか、社会にどう貢献するかを大切にする人が多いことだ。そんなに成長しなくても、自分が したいことができればいいという意識だ。「成長」よりも精神的な「成熟」が、これからの企業体には大切 なのかも知れない。

―日本でベンチャービ ジネスがなかなか根付かない理由をどう考えているの か。

西室氏:ベンチャー企業を金融面で支援する「ベンチャー・ キャピタル」などの整備が、日本では遅れている。アメリカではそれが組織化されており、どのベンチャーにどこまで貸すのかを体系的に選別するシステムがある。投融資のリスクが合理的に算定される。日本では、事業に自信があり、きちんとした計画もあるベンチャー企業でも理解されなかったり、その逆に、融資側が情緒に流され、ひたすら夢の世界に走ってしまうケースもある。

―リスクを管理するノウハウやシステムが日本社会にはな のだろうか。

宮内氏:バブル期には、若い女性が新進芸術家の作品に投資し、芸術家を支援した例もあったほどだ。現在では、預金してもわずかな利子 しかつかないので、投資に向けた資金が出てくる可能性 がある。日本人に もリスクを取る能力はあるはずで、 その資金をベンチャー に向ける仕組みを作ることも大切だ。

西室氏:日本の店頭株の上場基準に問題がある。活況 を呈している米店頭株式 市場(NASDAQ) などに比べて、ベンチャー企業が店頭公開するためのハードルが高い。

―悲観主義を打開する ため、経営者にとって、一 番必要な点は何か。

西室氏:一つは、うまく いかない原因を、自分以外 に求めないということだ。「景気が悪いから」とか「世 の中が変わったから」と言い訳しても、それに対応できなかったのは経営者自身 だ。もう一つは、変えるこ とを怖がらないことだ。環境の変化によって会社が苦境に陥った時など、「世の中が変わったことが悪いのではなく、それに対応して自己変革できなかった方に問題がある」と考える姿勢 が経営者・従業員に必要 だ。